九州は歴史的にも外国、とくにアジアとの交流が深く、なかでも私の住む福岡は、日本と海外とを結ぶ架け橋となる重要な国際都市であるに違いないと勝手に叫んでいるわけですが、それを立証するかのように、私の家の近所でも最近、カレー屋についでタイ料理屋がオープンしました。そんなわけで早速の突撃レポです。(ちなみにカレー屋については2004年11月の日記を参照)
初めて行く店であるということと、また一人でメシを食いに行くとアレな人だと思われそうだということで、知人を引き連れていざ現地へ。さて、お店の方は本場のタイ人シェフの二人が仲良く頑張ってますみたいな触れ込みで、どちらかと言えば小さな店なんですが、変に大手のチェーン店のように大々的にやってないぶん、店前に立つだけで何だかタイのリアルな雰囲気が感じられてくるような気がします。マンションの一階部分に店を構えていて、駐車場も数台分あるのですが、両隣にある別の店舗との共用のようで、外からではこのタイ料理屋はどれほどの客入りなのかが全くつかめません。店内を覗こうにも、窓はアジアンテイストな竹の簾で覆われており、怪しいことこの上ありません。繁盛しているかは全くの謎なのです。中の様子がわからないまま迂闊に突撃するのは危険すぎます。
すでに入口の威圧感で押しつぶされそうになり、扉を開くことが出来ないでいる私たちでしたが、ふとあることに気付き、知人に確認してみました。
私「おまえ、財布の中身は?」
知人「え?確かに外からじゃメニューと値段はわからんけど、一万円くらいあるし余裕やろ?」
私「バカ!日本円がいくらあるかやなくて、日本円が通用するかどうかの話やろーもん!」
知人「そ…そうか!」
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そうなのです。ここはタイ人が経営する謎のベールに包まれた店。扉の先は、我々の常識が通用しないカオスな世界なのです。もしかしたら、タイ人のお姉さんたちが違法な接待をする、いかがわしいパブなのかもしれません。ウーロン茶一杯で十万円くらいする、とんでもないバーなのかもしれません。飲食店は仮の姿で、地下のシェルターにはマフィアたちのアジトが隠されているのかもしれません。ムエタイの達人が、何も知らずに入ってきた客を問答無用で店内のリングにあげ、次々と餌食にしていくというそっちの意味での料理屋なのかもしれません。
待つのです。慎重に事態を見極め、冷静な判断を下すのが得策で…と思ったら、私のパートナーが既に扉を開けて店内に足を踏み入れていました!!無謀です。あまりにも無謀です。中から現れるのは、タイから日本人抹殺のために送られてきた刺客か。はたまた我々を笑顔で出迎える友好的な親日家か。敵か味方かわからない人影が、店の奥からゆっくりとこちらへ近付いてきます。
「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ。」
ハイ、怪しい店構えからアレだけフッといて、ここで普通の日本のおばちゃん登場です。どうやらココは普通の飲食店で、噂のタイ人は調理のみを担当するようですね。それまで高まっていた不安と緊張が打ち消され、一気に日常に戻されてしまいそうになりましたが、店内に入ると、むせかえるようなツンとした香りが鼻をつきます。香辛料か何かはわかりませんが、我々にはあまり馴染みのない独特な香りです。例えるならば、ペットショップのニオイとでも言いましょうか。やはりココは日本とは違う異世界、エキゾチックなタイランドなんですよ。もうペットショップから搬送された犬の唐揚げが出ようが、どこかの飼い主から強奪した猫のステーキが出ようが、何らおかしくありません。
席に通されメニューを開くと、そこにはかつて見たこともない生き物を食材にした珍メニューの数々が……と思いきや、意外にも普通にどこにでもありそうな品ばかりです。例えば蒸し鳥のサラダとか、エビだかカニだかのチャーハンとか、トムヤムクンみたいな赤みを帯びた野菜スープだとか。されどメニューを隅々見渡すと、明らかに日本人が普段口にしない謎のカタカナ食材を用いたワケのわからない食いモンが紛れています。一見何の危険もないようなメニュー表ですが、油断した我々をしとめるための地雷が確実に埋め込まれているのです。
店員のおばちゃんを呼び、無難なチョイスでオーダーする知人を前に、私の心は揺れていました。普通の注文をして、味覚であじわう美味しさを選ぶか、それとも敢えて地雷を踏むことで、精神であじわうオイシサ(つまり笑い)を選ぶかです。これは非常に危険な選択です。場合によっては地雷で命を落としてしまうかも知れません。しかし、ここは異国のロマンあふれるタイランドです。郷に入っては郷に従えと言いますし。やはりタイならではのロマンを乗せた珍メニューを食さなければ、この店を出ることは出来ません。
ロマンティックあげぇるよ~♪
ロマンティックあげぇるよ~♪
ホントの勇気見~せぇてくれ~たらぁ~♪
ふと私の頭の中で流れたドラゴンボールのEDテーマに後押しされるように、出来るだけヤバそうなメニューを選んで注文することで、私の本当の勇気をおばちゃんに見せつけてやりました。異国のロマンを手に入れるために、決死の覚悟です。
注文を待つ間、厨房で調理するタイ人シェフの後ろ姿がチラチラ見えます。きっとロマンティックな食材をロマンティックな大きさに切って、ロマンティックなダシをとったスープに、ロマンティックな調味料で味付けして、ロマンティックなソースを絡めた後でロマンティックな盛りつけをしたりしてるんでしょうね……が、調理が終わり、遙かなタイの妄想にうっとりとしている私のもとに運ばれてきたのは、私の美しい夢をブチ壊す劇薬でした。
深緑の液体の中に、コリコリした目玉みたいな球体が2~3コ浮かんでいます。これは疑う余地なくナメック星人を食材とした一品です。何でもタイ風カレーとのコトですが、一緒に出てきた細長い外国米とあわせて食べると、
「ピッコロさぁ~ん!!!!」
「悟飯んんん~!!!!」
の勢いです。立ちのぼる酸っぱいニオイが、私の食欲を完全に奪い、さらに知らない生き物の知らない部位を使った肉は、見るだけでお腹いっぱい御馳走様です。意を決してムリヤリ口に放り込むと、激しい酸味に思わず咳き込み、飲み込めば言いしれない辛さに襲われます。まさに酸味と辛味が織りなす絶妙な不協和音です。
この悪魔の奏でる死の二重奏に苦しみもがいているところ、もう一つの注文であるアジア的な麺が登場。さっそく口なおしにと箸で掬うと、今度は甘い香りが…。コレは間違いなくボディソープで味付けされています。こんなモノ食ったら、たちまち体内で泡立つのは明らかです。
私に宛行われたこれらの殺戮兵器と、私とは相反して美味しそうな料理をペロリと平らげた知人を前にすると、吐き気と同時に怒りがこみあげてきます。とは言え、自分で選んだこのイバラ道。完食を以て潔く玉砕するしかありません。勢いまかせで胃に押し込み、白目を剥きながらのフィニッシュを決めたその帰り道、「なかなか良い店だったね。何が一番美味しかった?」と訊ねてくる知人に「水。」と答える私でした。
異国のロマンとは、こういうものです。私の勇気を代償としたタイのロマンティックは、ヨソ者である日本人が完全かつ的確に理解できるものではありません。タイからのロマンティックをいただいた後、私の気持ちを代弁するアンサーソングがシンセサイザーの機械音に乗って響いてきます。
だ・れ・か♪ロマンティック止・め・て♪
ロマンティック♪
胸が♪胸が♪苦しくなるぅ~♪(苦しくなるぅ~♪)
ロマンティックにやられ、呼吸すらも儘ならない息苦しさから、私も無意識に「FU!FU!」とバックコーラスを奏でてしまいます。
昨今、近隣諸国との歴史認識の相違が問題となっている日本ですが、食文化の一つをとっても国家間では大きな壁があるのだということに気付かされました。やはり国同士の完全な友好(ロマンティックの共有)は不可能なのかもしれません。他国との積極的な交流も結構ですが、やはり如何にしても解り合えない深い部分が、国家間には必ずあるのです。
そんなことより誰か私のロマンティックを止めてください。