先日、知り合いの女性と一緒に食事をすることになって、近所の某飲食店に行ったんですよ。腹へったなぁなんて思いながら店に入ると、女性店員に「いらっしゃいませ。2名様ですかぁ?」なんて言われてですね。で、2人用テーブルに通されて、メニュー渡されて、水だの何だのを置いて、女性店員は奥の方に去って行ったわけです。ここまでは何も特別変わったところは見当たりませんね。至って普通の光景です。

でもですね。その女性店員をよく見てみると、これがもう我が目を疑うんですね。どういうことかと言うと、女性店員だと思っていた人が、実は妖精店員だったんです。

店内の照明に消え入りそうなほど透き通った肌に、爛々と輝く瞳。一点の濁りもない笑顔は、見る者の目を、そして心までも奪ってしまいます。そんな彼女の魅力を、かわいいとか綺麗だとかコトバにして表現するには到底無理があります。つーか、そんなもので記号化してしまうなど乱暴で無礼極まりない愚行です。とにかく言語の持つ能力の限界をはるかに凌ぐ美しさなわけです。

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とりあえず確実に言えることは、彼女は絶対にウ○コなんてしません。化粧なおしという乙女ちっくな目的以外でトイレに行くこと自体が考えられないのです。百歩譲って便器で何かを排出するにしても、恐らく宝石とかそんなものが出てくるんです。ダイヤなんかは排出時に出血の恐れがあるので、真珠あたりですかね。球形のやつがコロンと。流してしまうなんて勿体ない!懐に入れて大事に持ち帰りたい!みたいな。

もうね。おなかは空いてるのに胸はいっぱいなんです。私の連れの女性(こいつはウ○コする)なんかはメニュー見てパッと注文を決めてしまって、私待ちの状態なんですが、実は私も待ってるんですね。妖精が姿を現すのを。なんとしてもオーダーする相手は妖精店員でなければならないのです。

奥から妖精が顔を出すと、即座に指をパチンと鳴らしてダンディズム全開で呼ぼうなんて考えてたんですが、いざ妖精を前にすると緊張のせいか「す、す、すいませぇん」。とフェロモンのカケラも感じられない呼び方です。

私に応えて、こちらへ小走りしてくる店員……いや、光の粉を振りまいて背中の羽根を優しく羽ばたかせながら飛んでくる妖精。

「ご注文はお決まりですか?」

「はい。僕の注文はあなたです。」

…なんてこと言えるはずもなく、普通にタラコスパゲティとサラダバーを注文。そして早くもこの注文の時点で、グラスに注がれていたお冷やは空っぽでした。私の心に灯された恋の炎を消火するのにあてられたためです。

「お冷やお持ちしますね。」

いやいや、あなたが水を注げば注ぐほど、逆に私の中の炎は激しく燃え盛るんですよ。

…とまぁ、無事に注文まで終わらせて妖精は去ってしまったわけですが、肝心の水を持ってきやがったのが先程の妖精とはうってかわって腐敗臭の漂うクソガキだったんですね。いや、オマエはお呼びじゃねーよ!てな具合です。憎らしいったらありゃしない。こいつはアレですよ。きっと森を伐採して妖精の住処を荒らす悪い人間です。もしや同じバイトという特権を活用して妖精に悪の手をのばしているのではなかろうか?もう気が気ではありません。

さらに、私たちの注文したものを持ってきやがった奴が、これまた悪魔の血を引く醜い女だったのです。つまり魔女ですよ!いやいや、貴様は妖精を何処にやった?って話です。きっと私との間を引き裂くために妖精に呪いをかけんとしているに違いありません。そんなことはさせないぞ!妖精を守るのはこの私です。

とりあえず食べはじめるものの、私のサーチ・アイは妖精を完全にロックオンしています。無事に悪の手を逃れ、店内を軽やかに舞う妖精の姿を確認し、胸をなで下ろしつつ視姦…いや、安全確認を続けていると、大変なことに気付きました。私が妖精をじっと見ているだけなのに、何故だか向こうもチラッとこちらを見るわけですね。さらに黙視し続けると、妖精のチラ見の頻度もあがるわけです。さらにさらに熱い視線を送りまくっていると、何だか妖精がソワソワしはじめました。

ヒャッホーィ!これは恋の予感です。

恥ずかしがり屋さんの妖精は、私のラブビームを避けるように、店内のスミへ。これでは私からは死角になってしまいます。しかしですね。店内の窓ガラスに反射させて見ることで、ホ~ラ。彼女の姿をハッキリと確認することができるんです。ふふふ。かくれんぼは私の勝ちのようですね。照れ屋でどこか抜けてる妖精さんに私の胸の鼓動は高鳴るばかりです。

窓ガラスに写る妖精さんの姿にうっとりしていると、またまた大変なことに気付きました。窓に反射させて自分の姿も確認することができるのですが、なんと被っていた帽子を食事のために脱いだせいで、私の髪型が在らぬスタイルをキメてしまっているんです。全体の髪を後ろに向かってもの凄い勢いで撫でつけたような、言わば笑っていいともの司会者的なヘアスタイルなんです。

何たることでしょう。すぐさまトイレへ走り、セッティングの必要が大アリです。しかし全力疾走でトイレに入ることは、ギリギリの局面まで便意を耐えているとの誤解を与えてしまいかねません。髪の乱れからくる不自然さを露呈せぬよう帽子を被りなおし、軽やかに見せつつも慎重にトイレへ向かってスキップです。

トイレに入ったはいいものの、帽子でついたガンコなクセは一筋縄ではいきませんでした。さらに私がトイレに入った間、乳臭いガキが洗面所をかなりの時間独占していたため、下手にセットに時間をかけるとウ○コと見なされてしまいます。トイレへの長時間の潜伏は恋の終わりを意味するのです。ガキのせいで「トイレに入った私=脱糞」という冤罪を被ることは避けねばなりません。何なら水道使わずに唾液でセットの勢いです。焦りと苦悩のあまり頭を掻きむしると、愛のキューピットの仕業でしょうか。みるみるうちに無造作ヘアにキマッてきました。まるでサイヤ人です。強さとはまさに男の魅力!私こそが宇宙最強です。

トイレから出ようとする頃には、既にかなりの時間が経過していました。このままでは愛しの妖精にウ○コ野郎の汚名をきせられてしまいます。そこで私が閃いたアイデアは、携帯電話作戦です。携帯を開いて耳に当てつつトイレのドアを開けます。完全にトイレから出ると携帯を閉じ、ポケットにしまうのです。すると、トイレへ入っていた間は決してウ○コではなく誰かしらと通話していたとの印象を与え、なおかつ人目につく場所では携帯電話の使用を避けるというマナーを守るジェントルマンを装うことが出来るのです。

席に戻り、食事を続けながら妖精を見つめる私ですが、妖精は極度に照れているようで私の近くに寄ろうとしません。こうなればコッチからアタックあるのみです。サラダバーの皿を手にとり、妖精のもとへ歩み寄りました。妖精はさり気なく後ずさります。鼻歌まじりにサラダを皿に乗せ、妖精へ向かってウインクしながら席に戻ります。我ながらイカした男っぷり。そして肉ばかりでなく野菜も好むという繊細さを多分にアピールし、妖精のハートもナイスキャッチです。ここでふと頭をよぎったのが、サラダをお代わりすればするほど食欲旺盛でワイルドな男を演出できる一方で、度が過ぎるとケチで貧乏と思われてしまうのではないかという不安です。

ここで私のスーパーコンピュータが弾き出したお代わり適正回数は2~3回でした。1回だけというのはあまりにも男性らしさに欠け、四回を越えると男性らし過ぎてむさ苦しいという計算です。問題は2で行くか、それとも3で挑むかです。この微妙な駆け引きこそ私の恋の分岐点となります。熟考の結果、2回目までは野菜を、そして3回目は寒天やゼリー等のデザート系で攻めることに落ち着きました。

野菜を食し、最後のデザートを選ぶためにデザートコーナーに立った私は、あることに気付きました。手持ちの皿にドレッシングの池が出来ていたのです。すると、どこからともなく澄んだ声が聞こえてきました。

「お皿をお取り変えいたしまぁす。」
なんと、あの妖精が私に新しい皿を差し出したのです。汚れた皿にデザートを盛ろうとした私の前に、池の中から現れ、

「あなたが使おうとしている皿は、この汚れた皿ですか?それとも綺麗な皿ですか?」

「よ…汚れた皿でございますぅ」

「あなたは正直者です。あなたには新しい綺麗な皿をあげましょう。」

「ありがたや~~」

これはもう決定的ですよ。私の脳内スーパーコンピュータによると、妖精さんが私のことを好きな確率は100%中の600%です。

妖精の優しさの詰まった皿で食すデザートは甘酸っぱく、胸が締めつけられる味でした。これが恋の味ってヤツですね。そしてデザートを食べ終えると、私たち二人の別れの時間となってしまいました。

会計のレジへ向かう途中、これまで何故か全く気付かなかった重大なことが発覚しました。私は知人の女性と二人きりで食事をしていたのです。そういえば食事中、「あんた、あの娘(妖精)ばっかり見すぎやろ」などとツッコまれていましたが、そんなことは何処吹く風で、全く気にしていませんでした。というよりも妖精に気をとられ、彼女の存在をすっかり忘れていたのです。流行り言葉でいうならばアウトオブ眼中です。

男女が二人で食事となると、私たちがカップルと受け取られることは必至です。私のことを愛しているはずの妖精が敢えて私の視線を避けるようにしていたのは、同席の女性を私の恋人であると誤認し、私への恋慕の情を断ち切ろうとするためだったのです。そうとは知らず妖精に辛い想いをさせてしまった自分の鈍感さを私は深く悔いました。

幸いにも、レジには妖精が待機しています。これが最後にして最大のチャンスです。妖精の誤解を解くため、私の脳内スーパーコンピュータもフル稼働です。ここで幾つかのパターンをシミュレーションしてみました。
-妖精の前で知人の女性を全力でぶん殴る-

これは私たちが愛し合っていないことを妖精に認識させるには充分すぎますが、女性に対して乱暴な振る舞いをするという点がかなりのマイナスポイントです。

-知人の女性と別々に会計する-

これは恋人同士のデートにはあまり見られませんが、これだけでは我々が恋人同士ではないというアピール度が薄いと思われます。

-「あ~俺も彼女が欲しいなぁ~」と独り言を言う-

この方法は危うく採用しかけましたが、レジに並んでいる間の話の内容を無視して、突然こんなことを言うのは不自然すぎます。
そんなことを考えているうちに会計です。

「お会計はご一緒ですか?」

これを受けて私はとっさに、連れの女性に

「今回は俺が払うって。いいよ。二人だけでメシ食うのなんてあんまりないし。たまの食事くらい遠慮すんなって。」

…って完璧です。私は天才ではなかろうか。

これで、この女性と二人きりでの食事は日常的ではないことと、女性に御馳走してやるちょっとした男の心意気と小さな優しさをそこはかとなく醸し出しています。

「ありがとうございました」

という妖精の言葉に、

「こちらこそ」

と心の中で呟きながら私は勝利を確信しました。

妖精の美貌と私の才知が互いに魅かれあい、輝かしき愛の物語が始まるのです。

それからというもの、暇さえあればその店へ足を運んでいますが、未だにあの妖精に再会することはありません。どうやら相当に恥ずかしがっているようですね。それともアレでしょうか。悪人に住処を追われ、魔女に封印でもされてしまったのでしょうか。もう一つ考えられることと言えば、嫌らしい視線を浴びせる変態じみた客が店に通いつめるせいで辞めてしまったなんてこともあるかもしれません。いるんですよねそんなヤツって。そういった変態に限って勘違いして無駄にアレコレ考えてみたりするんですよ。終いにはストーカーになったりとかね。

そんなことはさておき、とりあえず今日も閉店時間まで張り込みを続けます。

投稿者 mrm

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